酒とパソコンと音楽の日々

酒とパソコンと音楽の日々

単なる日記。そして時には連絡帳。

退院

先月の記事で皆さまから温かいお言葉をたくさんちょうだいして本当に感謝しております。

一人一人に返事を書くつもりでしたが、それもできずに申し訳ない気持ちでいっぱいです。

母は9日の土曜日に退院しました。退院と言っても病気が治ったわけではありませんので、後は自宅療養です。

それに前からあまりよくなかった腎臓の機能が更に悪化してしまい、たんぱく質と塩分の摂取量を厳しく制限された食事をしなければならなくなりました。

そういうわけで退院しても気の抜けない毎日を過ごすことになりますが、なんとか頑張って親子で生きていこうと思っています。

ご心配をおかけして本当に申し訳ありませんでした。

どうかこれからもこのブログをよろしくお願い致します。

近況

今から思えば昨年母が入院した時からすでにその病気は始まっていたのかも知れない。

今年になってから母はまた微熱が出るようになった。てっきり昨年入院した原因となった病気が再発したのだろうと思っていた。それで病院に行って薬をもらって飲んでいたのだが、一向に良くならない。

そのうちに全身に倦怠感が出るようになり、腰の痛みも酷くなって、歩くことさえままならなくなっていった。当然買い物など行けるはずもなく、僕が替わりに毎日買い物に行っていた。

そして2月になると今度は手足が酷く痺れるようになった。もしかすると脳梗塞の症状かも知れないと病院に行って検査するも、脳には何の異常もなかった。同時に内科で血液検査をするとアレルギー関連の項目がとんでもなく高い数値を表していた。ここで医者から一週間後に入院と宣告される。

3月第二週目に入院。それから数日は毎日体中のあらゆる箇所を検査された。そして出た検査結果は今まで見たことも聞いたこともない、名前に漢字が13も並ぶ特定疾患だった。

それから僕は仕事を休み、特定疾患の申請をするために病院と市役所と健康福祉事務所の間を書類を持って走り回ることとなった。この病気は原因が判らず、治療法もない。症状を軽くする対処療法があるだけだ。

今週は東京から妹が帰ってきていたが、妹の話によると母はこれからこんな病気を抱えた母を僕が仕事をしながら面倒をみるのは難しいだろうから、今住んでいる家と土地を売って東京(妹の家の近く)に移り住もうかと考えているようだ。

僕としては関西を離れるのは嫌なのだが、でも近いうちに人生の選択を迫られる時が来るのは間違いない。

十日えびす

10日にいつもお馴染みの戎神社にお参りに行ってきた。その日は日曜日で仕事がなかったので午前中に仕事帰りのH君と待ち合せて大阪駅から堀川戎まで歩いて行った。実はその日は朝から体調が悪く、行くのはやめようかと何度も思ったのだが、えべっさんには毎年行っているし神札を新しいのに交換したかったので行くことにした。

 

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堀川戎に続く参道…というか一般道だが、この「えべっさん」の時だけは車を通行止めにして両端に屋台がずらりと並ぶ。この日は午前中で時間が早かったせいか、まだ準備中の屋台が多かった。

 

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神社の境内に入るとやはりそこまで人は多くない。神札を一つ買ってから拝殿の前の順番待ちの列に並ぶ。戎神社は商売の神様なのでお願いすることは一つ。

この境内には飾りのついた笹(福笹)も売っているが、笹を買うと福むすめたちが鈴を鳴らしながら声を合わせて商売繁盛、家内安全を祈祷してくれる。ええ、もちろん僕は買いませんでした(笑)

 

この後にお初天神近くの吉野家で朝ごはんを食べたのだが、そのすぐ近所のマクドナルド跡地に24時間営業の海鮮居酒屋ができていて、朝から酒を飲みたい欲望にかられたのだがなんとか我慢。

それから二人で近くのパチ屋へ。手持ちの金があまりなかったので1パチであちこち打ち回ったのだが、最後に座ったドラム式のハネデジ台が400円で食いついてくれて、増えたり減ったりしながら最終的には9000発以上の出玉になり、玉を交換すると8Kになった。しかし大阪は1000円未満の玉は特殊景品に交換できず、お菓子や飲み物等の景品と交換になってしまうので、残り玉を栄養ドリンクとお茶に交換してもらった。

パチ屋を出るともう結構いい時間になってたので次はH君と一緒に居酒屋へ行き、ほろ酔い加減で帰宅。朝の体調の悪さはいったいどこへいったのやら…